自転車と雑誌 その3

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自転車と雑誌 その3

自転車雑誌ネタをもうひとつ。 そろそろこれで終わりにしようと思う。

今でこそ自転車ブームで発行部数も増えているようだが、その昔、発行部数が少なかった時期からずっと購読していたのも私たちだ。 昔のような深い記事はなく、薄っぺらな紙面となったような感がある。 その分、広告だけがどんどん厚みを増している。

書面の構成も毎年ほぼ同じように繰り返され、春先には「今のうちに!」、夏前には「攻略乗鞍!」、秋には「トレーニング論」、冬には「オフトレLSD」と、毎年ビギナー向けの記事ばかりが書面の大半を割いている。 流行に乗っている人たちが自転車をやめてしまったら、誰がそんな記事を読むのだろうか。 長い年月にわたって購読している読者には、ビギナー向けの記事には興味はなく、雑誌から離れて行くだろう。 自転車の流行に影響されずに購読していた人が減り、流行で読み始めた人が増えていると言う状況は、非常に危うい誌面作りではないのだろうか。

トレーニング論にしても、今中派なのか、竹谷派なのか、はたまた宇都宮ブリッツェン派なのか、それともなんなのか。 毎月のように旬の人を誌面に登場させ、トレーニング論を展開させている。 誰がなにを唱えようが構わないことだが、それを一雑誌から発行するとなれば、発行した雑誌に責任がある。 A氏とB氏の主張するトレーニング論の中で対立するモノがあれば、発行者としてそれを検証する必要があるのではないだろうか。 

たとえば、某雑誌の中で、ある提唱者に対して、「ギヤをトップにしておくとか、理解できない部分もあるが…」と、編集者がコメントした本があったのだが、それはその雑誌でも過去に提唱していた内容であり、編集者のコンセプトがまるでない。

また、トレーニング論についても、10人が10人好きなことを言わせたままにせず、整理すれば良いのだ。 各氏の主張の要点をまとめ、全ての人が共通して提唱する良好トレーニング論、やってはいけないトレーニング論。 これらを整理したうえで雑誌として提唱するトレーニング論に展開すれば良いのです。 各氏が相反する理論を展開していれば、どちらが正しいのか検証し、科学的に間違ったことを言っているのであれば、正していく必要があるだろう。

このようなことをすれば、独自のトレーニング論を提唱していた人が嫌がることは容易に想定できるが、識者と読者の間に立つ雑誌としては、読者を向いた書面作りが必要ではないだろうか。 それができないのであれば、「本誌はA氏のトレーニング論を提唱しています。」として、異なる考え方のトレーニング論は掲載しないことだ。

 

 

 

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