自転車とそして遅くなると言うこと

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自転車とそして遅くなると言うこと

年齢のせいか、自転車に乗る機会が少なくなったからか、ここのところかなり遅くなっているように思える。 それを実感することが多々あり、ここらでどうにかしなくてはとも思うようになってきた。 こう考えると、老いるとはどういうことかという考えにも通ずるところがあるように思える。

かつてそれなりに自由に人よりもそれなりに早く走れる時期があった。 しかし、体力の衰えと共に走る速度は遅くなり、高速走行が維持できなくなり、スタミナがなくなってくる。 これはどうも、手足にも不自由はなく、自由にどこにでも出かけられ、美味しいものも食べられていた。 そんな若さもなくなり、足腰が立たなくなり、寝たきりになり、人の介護なしには、生活もままならない状態になっていく。 なんとなく共通した感覚が沸いてくる。

ここでレポートを出し始めた平成14年ごろからめっきりと体力が下降気味であるような気がする。 自分なりのピークはもっと前にあったと思うが、下降カーブが目に余るようになってきたのはこの頃だろうか。 子供も手が掛かるようになり、休日には家事に協力しなければ自転車に乗せてはもらえないが、家事に協力している時間が長ければ乗れる時間はほんのわずか。 土日を使って遠方へレースなんてなかなか言い出せなくなる。 すると、レースに対する目標がなくなって、モチベーションも上がらず、現状維持程度で乗れば良いやと、走ったとしても軽く流すような走りになっていたのでしょう。 だから毎週乗ってはいるけど、遅くなる一方なのです。

するとたまにレースに出たところで、練習が充実してないから、満足に走れるわけがありません。 また、仲間達とツーリングに出かけたとしても、なかなか付いていけなくなってしまうのでしょう。 今まで一緒に走れたのに、このくらいのタイムで走れたのに。 そんな思いを胸に抱きながら、レースなりをこなしていくのです。 ツーリングならまだ仲間内で楽しくやっているので、多少の遅れは問題ないのですが、レースなどのように記録が定量的に示されるとつらいものがあります。

あの集団になら次のコーナーまでに追いついて、なんて考えられていたのに、追い着くどころか、どんどん離されていく。 一緒にツーリングしていても、こいつとはこのペースで、と思っていたら、自分の心拍だけがどんどん上がっていく。 こんな状態が続くと本当に体力の衰えを感じざるを得ません。 今のところ、「遅れてはなるまい」とまだ思うところもあるのでなんとかなっているのかと思えますが、「もう遅れても良いや。 峠で待っててね。」なんて状態になったら、もう落ちるところまで落ちることでしょう。

TVのニュースで手足の不自由になった老人が、介護に疲れて相手を殺してしまうのってのはどんな気持ちなのか分かりませんが、久しぶりにツーリングに誘った友人がとんでもなく遅くて、パンクばかりして、なかなか前に進めなくて、足手まといになったときに、コイツ置いて行こうかと思う気持ちの極限がまさにこれなのでしょうか? 面倒見切れないから、リタイヤさせて、自分もUターンして家に帰ろうってのが、老人の気持ちに通じるものなのでしょうか。 みんなが遅くなって、道幅一杯になってゆっくり走ってたら、誰もが邪魔者扱いしますよね。 ああ、歳は取りたくないもんだ。

 

 

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